2000年12月4日月曜日

天皇杯2回戦・愛知学院大学 at 川崎市等々力陸上競技場

2001年度最終戦となってしまいました。今年、悪環境と、大変なプレッシャーのなかで精一杯がんばってくれた選手・監督・スタッフの皆様に、こころから感謝します。ありがとうございました。試合のほうは、1−2で敗北。今年の公式戦はあっけなく終わりました。学生相手だから気を抜いたとか、選手のモチベーションが低かったとか、そういうことではなかったと思います。そういうはずがない。選手個々のコンディションが、微妙に狂っていて、誰もが、遠慮していた。リスクを伴う仕事を、「やる」か、「やらない」か。すべてのプロに要求される判断に関して、今日は「やらない」ばかりだった。センターバックにボールがあるとき、動き出すのは、ボランチのふたりだけ。相手はそこだけ押さえれば良かった。ひとりひとりが、第三者のように、できれば自分のところにボールが来ないように心のどこかで、期待していた。遠慮していた。そんな気がします。勝負しない、自分で打たない。怪我をしているから、いま調子が悪いから、あいつの方が、練習で良いシュートを打っていたから…。で、パス。相手にとっては、ちっとも怖くないし、楽。そんな繰り返しが、観客のブーイングをも生んだのだと思います。欲張って欲しかった。リティのところに海外のテレビが取材に来てましたね。良いところを見せられなくて、これもまた残念でした。


今年最後になってしまったビッグフラッグ。



おつかれさま。来年は頼むよ。


ジュビロ戦がんばってください。



どこの局ですか?



リティ、アップにジャージで登場。



ちょっと蹴ってみよう。手前は気合いの入ったマニ。



ちょっと抜いてみよう。相手は増田。



華麗なるリフティング



試合中はスーツに(前半)



後半は寒くて。。。



キャプテンと握手。
連れ曰く、救急車が来て誰かが連れていかれたとの事。途中出場したものの、ゴール前の混戦で負傷退場した佐藤正美選手(背番号24番)でしょうか。心配です。片足を引きずりながら交代した高田昌明選手(背番号8番)も含めて満身創痍の横浜FCの選手の皆様、ゆっくり休んで、来年また、一緒にがんばりましょう。